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TOEIC990点・英検1級・通訳案内士|ゲーム廃人が14年で三冠を取るまで【最終回】

ゲーム廃人が英検準2級からTOEIC 990点を取るまでの話(最終回)〜映写室の暗闇から、ここまで来た〜

先日、近所のシネコンに映画を観に行きました。

上映前、スクリーンにプロジェクターの光が当たる瞬間に、ふと手が止まりました。私がかつて毎日触っていたフィルム映写機は、もうどこにもありません。35mmフィルムをセットして、タイミングを合わせてリールを回す。あの作業を知っている人間は、この建物に何人いるんだろう、と。

2005年から2012年まで、7年間。時給750円、手取り月10万円少し。あの薄暗い映写室で、私はずっとフィルムを回していました。

そんな男が今、英語の先生をやっています。TOEIC 990点、英検1級、通訳案内士。

当時の私に「お前、将来このブログを最終回まで書くぞ」と言ったら、たぶんこう返してくるでしょう。

「は? それより今、レベル上げPT手伝ってくんない?」

 

正直なところ、最後まで続くと思っていなかった

このブログ、再スタートする時に正直「最後まで持つかな」と思っていました。

英検準2級の廃人が、サウスパークを観て、ニュージーランドに行って、TOEIC満点を取った。要約すると一行です。一行のネタで何十話も書けるわけがないだろう、と。

でも、書いてみてわかりました。14年分の英語学習には、想像以上に「シーン」があったのです。

語学学校のプレースメントテストで予想外に上のクラスに入れて、調子に乗った日。パブで初めて英語のジョークが通じて飛び上がった夜。帰国後のハローワークで、英検準2級しか書けない履歴書を眺めた朝。工場の研修で「先生、三単現のsって何すか」と聞かれて、10年前の自分が目の前にいた瞬間。

英検1級の一次に4回落ちて、5回目で受かった時の「嬉しい」より「やっと終わった」感。TOEICが980から955に転落して本気で辞めたくなった夜。そして2ヶ月後の990点。突発性難聴で片耳がこもった朝。35歳の転職活動で「未経験」の壁に殴られた日々。

その時は全部「ただの日常」でした。でも並べてみると、全部が次のシーンへの伏線になっています。RPGのエンディングで流れる回想シーンみたいに、拾っていなかった伏線が一気に回収されていく感覚です。

 

映画館の7年は、無駄じゃなかった(たぶん)

不思議なもので、あの映写室の7年が、今の自分にちゃんと効いています。

一つは「暗い部屋で一人黙々と作業する力」。これは、TOEICの問題集を毎日一人で解く生活にそのまま転用できました。

もう一つは「洋画の音声を何百時間も浴びていた耳」。意味はわかっていなかったけれど、英語の音だけはずっと流れていました。後でサウスパークを英語で観始めた時、これが地味に効いていた気がします。

そして一番大きいのが、「このままじゃヤバい」という危機感を7年かけて煮詰めてくれたこと。

居心地が悪ければ、もっと早く動いていたはずです。でも、居心地が良すぎて動けなかった。30歳が見えてきた時の恐怖が、私にニュージーランド行きの片道切符を買わせたわけです。居心地の良さって、たまに人生最大の敵になります。

サウスパークへ、感謝状を送りたい

このブログで何度も出てきた『South Park』。

人生を変えたきっかけが「好きなアニメの日本語版が配信停止になったから、仕方なく英語版を観た」だなんて、格好悪すぎて履歴書には絶対書けません。

でも、これが真実です。

英語を始めるきっかけなんて、崇高じゃなくていい。「海外ドラマの続きが観たい」でも「洋ゲーを字幕なしでやりたい」でもいい。動機が不純なほど続きます。だって「やらなきゃ」じゃなくて「やりたい」だから。

習慣化の最強の形は、本人が「努力だと思っていないこと」なんですよね。

 

で、資格三冠で何が変わったの?

よく聞かれます。「全部取って、何が変わりました?」と。

正直に言います。給料はそんなに変わりませんでした。英語講師という仕事は、求められることが多い割に、ですね。この話は以前にもしました。

でも、一つだけ変わったことがあります。

「わからない、と言える余裕ができた」こと。

満点講師でも、知らない単語はあります。でも今は「わからないから、調べて次回答えます」と堂々と言える。そしてその一言を、生徒がちゃんと信頼してくれる。その土台に、三冠があります。

資格は紙切れです。でも、その紙切れを取るまでに積んだ5,000時間以上の努力は、決して紙切れではありません。

 

次の10年で、観たい景色

42歳。人生の折り返しらしいです。

壮大な計画はありません。ただ一つだけ確信があります。「英語を教え続けたい」ということ。

28歳の時の「とりあえず海外行きたい」とは、種類の違う確信です。あの頃は「とりあえず」。今は「これしかない」。

具体的にやりたいことを挙げるなら、英作文指導をもっと突き詰めること。地方と都市の英語格差を少しでも埋めること。そして——ちょっと恥ずかしいけれど、このブログを読んだ誰かが、英語を始めてくれること。それくらいです。

 

最後に、読んでくれたあなたへ

最初の回で、私はこう書きました。「みなさん、私よりスタート地点が上です」と。

最終回の今、その気持ちはむしろ強くなっています。そして、一つ付け足したい。

「伸びる」のは英語力だけじゃありません。

大学中退、フリーター7年、29歳無職の男が、42歳の今、生徒に「大丈夫だよ」と言える側にいる。これは英語が伸びた結果ではなく、人生そのものが伸びた結果です。

英語はただのツールです。でも、そのツールを取りにいく過程で身につく粘り強さ、立ち直り方、自分を笑う力——これらは英語よりも価値があります。

レベル上げに、年齢制限はありません。

映写室の暗闇からここまで来た人間が言うのだから、間違いないです。

このブログは、今回で最終回です。

でも、私の英語学習が終わるわけではありません。そしてたぶん、これを読んでくれたあなたの英語も、終わりじゃなくて、ここからが本番です。

14年前、サウスパークの英語版を半泣きで観ていた私に、今の景色は1ミリも想像できませんでした。人生って、どこで何が転がっているかわからない。だから面白い。

長い間、本当にありがとうございました。

またどこかで、お会いしましょう。

 

Yuki

栃木県在住の英語講師。

TOEIC L&R 990 / 英検1級 / 通訳案内士(英語)

大学中退→ゲーム廃人→映画館バイト7年→28歳で英語開始。