地方都市で英語を教えるリアル|宇都宮の英語講師が感じる都市部との格差と可能性
地方都市での英語教育——栃木県宇都宮市の現実
「宇都宮って、餃子以外に何があるんですか?」
アカデミック・ロードの面接を受けた時、転職エージェントの担当者にこう聞かれました。
「……餃子と、あとジャズですかね」
我ながら苦しい返答です。でも正直、他に何を言えばいいのかわかりませんでした。宇都宮市は栃木県の県庁所在地で、人口は約52万人。東京から新幹線で50分、在来線なら2時間弱。「東京に近いけど、東京ではない」という、実に中途半端な立ち位置の街です。
この街で英語を教えるということ。それは、東京や大阪で教えるのとは、かなり違う現実があります。
「英語を使う場所」が、ない
宇都宮で英語講師をしていて最も痛感するのは、「生徒が英語を使う実践の場がほとんどない」ということです。
東京であれば、外国人観光客に道を聞かれることもあるでしょう。六本木や渋谷に行けば、英語が飛び交う環境に身を置くこともできる。インターナショナルスクールや英語カフェ、外国人が集まるバーやイベントも豊富です。
宇都宮にも外国人はいます。工業団地で働く技能実習生や、宇都宮大学の留学生。でも、彼らと日常的に英語で交流する機会は、意識的に作らない限りほぼありません。
企業出張TOEIC講座をしていた頃、工場で働くブラジル人やベトナム人の方々と会うことはありました。でも彼らが話すのはポルトガル語やベトナム語であって、英語ではありません。「外国人がいる=英語を使える」という等式は、地方では成り立たないのです。
生徒に「英語を使って会話してみよう」と言っても、塾を出た瞬間に英語を使う相手がいない。これは、モチベーションの維持という点で、かなり大きなハンデです。ゲームで言えば、レベル上げをしたのにモンスターが出てこないフィールドをひたすら歩いているようなものです。せっかく装備を整えたのに、使う場面がないのです。
ネイティブ講師という「希少資源」
もう一つの格差は、「質の高いネイティブ講師」の数です。
前の英会話スクールにはネイティブ講師が数名いて、わからないことがあれば気軽に質問できました。「この表現、ネイティブならどう言いますか?」と聞いて、即座に答えが返ってくる環境。あの頃は当たり前だと思っていましたが、今にして思えばかなり恵まれていました。
東京の大手英会話スクールなら、アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人、カナダ人と、さまざまな英語圏出身の講師が揃っています。生徒は複数のアクセントに触れることができます。
一方、宇都宮では、そもそもネイティブ講師の絶対数が少ない。来てくれたとしても、都市部より給与が低いので長く定着しないケースも多い。英語圏出身で、教える技術を持ち、地方に住む覚悟がある人材。この条件を全て満たす人は、なかなかいません。
結果として、地方の英語教育は日本人講師が中心にならざるを得ない。これは必ずしも悪いことではありませんが、「生の英語に触れる機会」が限られるという点では、都市部との差が生まれます。
「受験英語」の重力圏
地方都市で英語を教えていて、もう一つ強く感じるのは、「受験英語」の引力の強さです。
宇都宮の保護者の方にとって、英語塾に通わせる目的の多くは「受験対策」です。高校入試、大学入試。英語の成績を上げたい。テストで点を取りたい。それ自体は自然な要望です。
でも、「英語を話せるようになりたい」「英語で本を読めるようになりたい」という動機で来る生徒は、正直なところ多くありません。
アカデミック・ロードは多読・多聴を中心に据えた塾です。「英語の本をたくさん読みましょう」「英語の音声をたくさん聴きましょう」というアプローチ。これは、長期的に見れば確実に英語力を伸ばす方法なのですが、「来月の中間テストに直接役立つか」と聞かれると、即答しにくい部分もあります。
東京なら、帰国子女やインターナショナルスクール出身者も多く、「英語を実用的に使う」ことへの理解が広がっています。多読や多聴の価値を、保護者が直感的に理解してくれることも多いでしょう。
しかし宇都宮では、まず「なぜ多読が大切なのか」を丁寧に説明するところから始める必要があります。「テストの点数」という目に見える成果と、「英語が透明になる感覚」という目に見えない成長。後者の価値を伝えることの難しさは、地方にいるとより強く感じます。
それでも、地方だからこそできること
ここまで書くと、「地方はダメだ」という話に聞こえるかもしれません。でも実は、地方だからこその強みもあります。
一つは、「生徒との距離の近さ」です。
アカデミック・ロードの個別指導は、講師1人に対して生徒6人。東京の大手予備校のように、100人教室で一方的に講義するスタイルではありません。一人ひとりの顔を見て、理解度を確認しながら進められる。「あ、今この子、ついてきてないな」という微妙な表情の変化を見逃さない距離感。
これは、地方の小規模な塾だからこそ実現できることです。
もう一つは、「講師が地域の文脈を共有している」こと。
私は宇都宮で育ち、宇都宮で英語を教えています。生徒が通う学校の特徴も、地域の雰囲気も、保護者の考え方の傾向も、肌感覚で理解しています。通訳案内士の勉強で覚えた栃木県の地理や歴史が、生徒との雑談で意外と役に立つこともあります。日光東照宮の話を英語でする練習をした時、生徒が「先生、私去年遠足で行きました!」と目を輝かせたのは、ちょっと嬉しい瞬間でした。
オンライン学習が変えつつあるもの
そして近年、地方の英語教育の風景を大きく変えつつあるのが、オンライン学習の普及です。
私自身の原体験を振り返ると、ニュージーランドに行く前の6ヶ月間、サウスパークの公式サイトで英語版を視聴し続けたことが、英語学習の出発点でした。あれはまさに「インターネットが可能にした、地方在住者の英語学習」そのものです。
2012年当時、宇都宮にいながらオークランドの語学学校と同等の英語音声に触れることは不可能でした。でも、インターネットを通じてサウスパークやファミリーガイの英語音声には触れられた。BBCのインターネットラジオも聴けた。地方にいても、本物の英語に大量に触れることは、当時からある程度可能だったのです。
そして今、状況はさらに変わっています。
オンライン英会話サービスを使えば、宇都宮にいながらフィリピン人やアメリカ人の講師と25分間マンツーマンで会話練習ができます。YouTubeには英語学習のコンテンツが溢れています。Podcastを聴けば、通学中の電車の中でもネイティブの英語に触れ続けられる。
「英語を使う場所がない」という地方の弱点は、オンラインで相当程度カバーできるようになりました。
ただし、一つだけ注意点があります。オンラインのコンテンツは無限にあるけれど、「何を、どの順番で、どれくらいやればいいか」を判断するのは、特に初学者には難しいということです。情報が多すぎて、何から手をつけていいかわからない。YouTube動画を10分見て、「なんかわかった気がする」で終わってしまう。
ここに、地方の英語塾の存在意義があると私は思っています。
オンラインが「素材」を提供するなら、対面の塾は「ガイド」を提供する。何を読むべきか、何を聴くべきか、今のレベルに合った教材はどれか。その選定と道案内を、顔を合わせてできること。これが、地方の英語講師にしかできない仕事です。
宇都宮で英語を教え続ける理由
正直に言えば、東京で講師をした方が、生徒数も多いし、給料も良いかもしれません。ネイティブ講師との交流機会も多く、自分自身の英語力維持にも有利でしょう。
でも、私はここにいます。
理由を聞かれると、うまく言語化できないのですが、あえて言うなら「ここに必要とされているから」でしょうか。
東京には英語講師が山ほどいます。TOEIC 990点も、英検1級も、珍しくない。でも宇都宮で、英語資格三冠を持ちながら小学1年生から高校3年生まで教えられる講師は、そう多くない。
かつて28歳の時、「地方にいたら英語なんて無理だ」と思っていた自分がいました。でも実際には、宇都宮にいながらサウスパークで英語を学び、BBCラジオを聴き、図書館で『Grammar in Use』を解き続けて、ここまで来ることができた。
「地方だから無理」ではない。「地方でもできる」を、自分自身が証明している。
その経験を、目の前の生徒に伝えること。「宇都宮にいても、英語はできるようになるよ」と、実例つきで示せること。それが、この街で英語を教え続ける、私なりの理由です。
【次回予告】
次回は、「28歳からでも遅くない——年齢を言い訳にしない学習法」をお届けします。
「もう歳だから覚えられない」「若い頃にやっておけば…」。英語学習者が抱える年齢への不安に、28歳から本格的に英語を始めた私がお答えします。大人の学習の「本当の強み」とは何か。
【今回のポイント】
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地方都市には「英語を使う実践の場」が圧倒的に少ない
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ネイティブ講師の確保は、地方ほど難しい構造的な問題がある
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地方の英語教育は「受験英語」の引力が強く、多読・多聴の価値を伝えるには工夫が必要
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一方で、生徒との距離の近さや地域文脈の共有は、地方の強み
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オンライン学習の普及で、地方の「素材不足」はかなり解消されつつある
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地方の英語講師の価値は「ガイド役」——何をどの順番でやるかを対面で導くこと
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「地方だから無理」ではなく「地方でもできる」を自分自身が証明し続けること
【プロフィール】
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亀井勇樹(42歳)
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栃木県宇都宮市「アカデミック・ロード」英語塾講師
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保有資格:TOEIC L&R 990点、英検1級、通訳案内士(英語)

