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TOEIC満点への道 Vol.32

 

英作文指導の重要性——なぜ書くことにこだわるか

アカデミック・ロードへ:2018年5月の新出発

2018年5月。私は新たな職場である英語塾「アカデミック・ロード」の教室で、壁一面の本棚を眺めていました。

絵本から児童書、ペーパーバック小説、ノンフィクションまで。日本の英語塾には珍しい、「本物の英語で書かれた本」が何百冊も揃っています。これが多読・多聴を中心に据えたアカデミック・ロードのやり方か、と静かに感動したのを覚えています。

私自身、サウスパーク漬けの日々やBBCラジオを浴びるように聴いていた時期を経て、英語力が跳ね上がった経験があります。「本物の英語に大量に触れる」という方針は、自分の体験からも深く納得のいくものでした。

ただ、この新しい職場に来る前から、私の中には「書く力」に対する強いこだわりがすでに芽生えていました。その原点は、2016年から2017年頃にさかのぼります。

 

英検に「英作文」が本格導入された年

2016年度から、英検に大きな変化がありました。それまで記述式の問題が少なかった英検2級以上の試験に、英作文(ライティング)が本格的に導入されたのです。

「亀井さん、英検の指導もお願いしていいですか。ライティングが入ったので」

当時まだ前の職場にいた私に、そんな依頼が来ました。英検1級合格者である私への、当然の期待です。

しかし、いざ指導してみると、壁に当たりました。壁というより、断崖絶壁に近いものです。

生徒たちに英作文のお題を渡した瞬間、教室が静まり返ります。「自分の考えを英語で書いてください」という課題に対して、返ってくるのは「えっと…」「うーん…」という戸惑いの声だけでした。

優秀な「受信機」が、「送信機」になれない。このギャップが、気になって仕方ありませんでした。

 

「わかる」と「使える」の深い溝

英語学習において、「インプット」と「アウトプット」はよく対比されます。多読・多聴がインプットなら、英作文や英会話がアウトプットです。

でも私が直面した問題は、もう少し根深いところにありました。

英作文の授業で試しに、「日本語でいいので、この問題についてどう思いますか」と聞いてみたのです。テーマは「日本では英語教育を小学校からもっと強化すべきか」というものでした。

返ってきた答えは、「うーん、まあどちらとも言えますよね…」という曖昧なもの。

その瞬間、私の脳内に数年前の記憶がフラッシュバックしました。英検1級の英作文の過去問を前に、「安楽死を合法化すべきか」という問いに対して、白紙のまま2時間固まっていたあの夜のことです。

「日本語でも書けないことは、英語でも書けない」

この不都合な真実が、今度は指導者として、目の前に現れたのです。

 

「論理的に話せる人」と「感想を言える人」の違い

ここで、少し厳しい現実をお話しします。

「英語で意見を言えるようになりたい」と言う人は非常に多いです。英会話スクールにも、英語塾にも、そういう目標で来る方がたくさんいます。

でも「母国語の日本語で、論理的に意見を述べてください」と言ったら、どうでしょうか。

私が英語講師として多くの生徒と接してきた実感として、「感想を言える人」と「論理的に意見を構成できる人」は、まったく異なります。

「いいと思います」「難しい問題だと思います」「どちらもありだと思います」

これらは単なる感想です。立場がなく、理由がなく、反論への想定がない。英語で言っても、日本語で言っても同じです。情報量がゼロに近い「流れるような曖昧さ」でしかありません。

「書く」という行為は、この曖昧さを許してくれません。口では「なんとなく」で誤魔化せても、文字にした瞬間、「この理由、薄くないか」「この論理、繋がってないな」ということが、はっきりと見えてしまいます。

書くことは、思考を可視化する作業なのです。これが、私が英作文指導にこだわる理由の核心です。

 

中学生の授業で導入した「3分間日本語ライティング」

英検指導の経験を経て、アカデミック・ロードの中学生クラスでも同じ課題に直面しました。

アカデミック・ロードの指導スタイルは、講師1人に対して生徒6人が同時に学ぶ個別指導形式です。それぞれが違う学年、違う課題に取り組むため、全員を一斉に同じペースで進めることはできません。

そこで私が考えたのは、授業の最初に全員共通の「ウォームアップ」を入れることでした。個別指導の弱点は、生徒同士が同じ方向を向く瞬間が生まれにくいこと。でも最初の数分を共有すれば、場の空気が締まり、レッスンのクオリティが上がります。

毎回の授業の最初に、こんなお題をホワイトボードに書きます。

「小学校から英語を教えることに賛成か、反対か。理由を1つ、日本語で書いてください。3分間で」

最初は全員が「え?」という顔をしていました。英語の塾なのに、日本語で書くの?という表情です。

でも3分後、書いてもらった内容を見ると、次々と意見が出てきました。

「賛成。早いうちから耳を慣らした方がいいから」

「反対。日本語の基礎が固まっていない時期に混乱する」

「賛成。グローバル化が進む社会では必須のスキルだから」

みんな、意見を持っていたのです。ただ、「書くこと」のスイッチが入っていなかっただけで。

このお題を少しずつ英語化していくことで、「日本語で書けた意見を、英語に乗せ換えていく」練習ができます。英語力の問題ではなく、思考の問題をまず解決する。1対6の個別指導という制約が、逆にこのアプローチを生み出してくれたとも言えます。

 

「型」を渡すことで、思考が動き出す

もう一つ、指導で大切にしていることがあります。それは「型を先に渡す」ことです。

英検1級の対策をしていた時に痛感したことですが、「型がない人間がいきなりオリジナルを書けるわけがない」のです。

私が生徒に渡す基本の型はシンプルです。

  • 立場:私は〜に賛成(反対)である

  • 理由①:なぜなら〜だからだ

  • 具体例:例えば〜

  • 理由②:また、〜という点も挙げられる

  • 結論:以上の理由から、私は〜と考える

これだけです。

最初は「型通り過ぎてロボットみたい」と感じる生徒もいます。でも型を使うと、不思議なことが起きます。「型を埋めようとすると、考えざるを得なくなる」のです。

「理由①を書こうとしたら、理由が思いつかなかった」という経験が、考えることの入口になります。「理由が出てこない」という事実は、「まだその問題を考えていない」という証拠だからです。

型は、制約ではなく「思考のトリガー」です。

かつてオンラインゲームにはまっていた頃、まず上級者の動きを完コピするところから始めました。自分のプレースタイルが確立したのは、基本を体に覚え込ませた後でした。英作文も同じです。型を体に入れてから、自分の色を加えていくのです。

 

書くことは「英語力」より「思考力」の問題

ある日、こんな出来事がありました。

中学2年生の男の子が、「先生、英語の作文が全然書けないんですけど」と相談に来ました。お題は 学校の課題の “What do you want to be in the future?” (将来の夢は何ですか?) でした。

「なんにも思い浮かばなくて」と言うので、日本語で聞いてみました。

「将来、何かなりたいものってある?」

「ゲームクリエイターかな、と思ってるんですけど」

「なんでゲームクリエイター?」

「えっと…ゲームって、人を楽しませられるじゃないですか」

「それ、英語で書こう」

I want to be a game creator. Because games can make people happy.

2文。完成です。10分もかかりませんでした。

「書けた!」

彼の顔が、ぱっと明るくなりました。でも私が言いたいのは「簡単だったでしょ」ということではありません。

「あなたは最初から答えを持っていた。ただ『書く』という形に変換するのが怖かっただけだ」

書くことへの恐怖は、「英語が分からない」ことではなく、「自分の考えをさらけ出す」ことへの恐怖でもあります。書いた文章は、記録され、消えません。だから怖い。

でもその怖さを超えた先に、「自分の言葉で表現できた」という達成感が待っています。この経験を生徒に積み重ねてもらうことが、私の英作文指導の根幹になっています。

 

「アウトプット」は筋肉と同じ

まとめとして、私がよく生徒に話すことを書いておきます。

英語のアウトプット力、とりわけ書く力は、筋肉と非常によく似ています。

使わないと、確実に衰える。一度つけた力も、放置すればなくなります。逆に、使い続けると着実に強くなる。毎日3行でいい。「今日あったこと」を英語で書くだけでいい。でもそれを1年続ければ、書くことへの恐怖は消えています。

そして何より、「書く習慣」は、「考える習慣」と表裏一体です。

TOEIC 990点を持っていて、英検1級を持っていて、通訳案内士を持っていた私でも、英作文対策を始めた頃は「安楽死の是非を200語で書け」と言われて2時間固まっていました。それは英語力の問題ではなく、「意見を持つ習慣がなかった」からです。

書くことを練習することは、英語の練習であると同時に、思考の練習でもある。

これが、私が英作文指導にこだわり続ける理由です。

 

【次回予告】

次回は、「多読多聴のススメ——インプットとアウトプットの黄金比」をお届けします。

アカデミック・ロードで多読・多聴を指導する中で気づいた、量と質の関係。「どれだけ読めばいいのか」「聴くだけで本当に伸びるのか」という、よく受ける質問への私なりの答えをお伝えします。

 

【今回のポイント】

  • 多読・多聴で「受信力」は育つが、「発信力」は別途鍛える必要がある

  • 「日本語でも書けないことは、英語でも書けない」は英作文指導の大原則

  • 英作文の壁は「英語力」より「思考力」の問題であることが多い

  • 「型」は制約ではなく「思考のトリガー」として機能する

  • 書く習慣と考える習慣は表裏一体

  • まずは日本語で意見を持ち、それを英語に乗せ換える順序が効果的

【プロフィール】

  • 亀井勇樹(42歳)

  • 栃木県宇都宮市「アカデミック・ロード」英語塾講師

  • 保有資格:TOEIC L&R 990点、英検1級、通訳案内士(英語)