TOEIC満点への道 Vol.23
英検1級の壁 – 準1級とは次元が違う難しさ
2014年の夏、私は本屋で『英検1級 でる順パス単』を購入し、意気揚々と帰宅しました。
「2,400語か。TOEIC用の金のフレーズだって覚えられたんだ。いけるだろう」
かつてオンラインゲームに12,000時間を費やした男の自信。根拠のない楽観主義。そんなものを胸に、私は英検1級の過去問を開きました。
そして、その5分後。
私は静かに問題集を閉じ、天井を見上げていました。
「…これ、本当に人間が解く試験なの?」
語彙問題の絶望:25問中3問しか分からない
英検1級の筆記試験は、大問1の語彙問題から始まります。全25問。空欄に入る適切な語句を4つの選択肢から選ぶ、シンプルな形式です。
準1級の時も同じ形式でしたが、当時は25問中18〜20問は正解できていました。「知らない単語もあるけど、消去法でなんとかなる」レベル。
しかし、1級は違いました。
1問目。選択肢を見る。
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(A) reprieve(執行猶予)
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(B) travesty(茶番)
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(C) quandary(板挟み)
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(D) subterfuge(策略)
…どれも見たことがない。
2問目。
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(A) recalcitrant(反抗的な)
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(B) nefarious(極悪な)
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(C) obsequious(卑屈な)
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(D) clandestine(秘密の)
…やっぱり知らない。
3問目、4問目、5問目…
25問を一通り見て、「これなら分かる」と自信を持って答えられたのは、わずか3問でした。正答率12%。サイコロを振った方がマシな結果です。
準1級との決定的な違い:「見たことがある」が通用しない
準1級までは、ある程度「見たことがある単語」で勝負できました。
たとえば「substantial」。TOEICでも頻出する単語で、「かなりの、実質的な」という意味。準1級レベルでは、こうした「どこかで出会ったことがある単語」が多いのです。
しかし、1級は違います。
「pernicious」「insidious」「inimical」
全部「有害な」という意味ですが、どれも日常では使いません。ニュージーランドで6ヶ月暮らしても、South Parkを何百話見ても、一度も出会ったことがない単語ばかりでした。
そして恐ろしいことに、これらは「でる順A」、つまり最頻出の単語なのです。「でる順C」になると、もはや宇宙語としか思えませんでした。
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taciturn(無口な)
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perfunctory(おざなりの)
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obdurate(頑固な)
「『頑固な』ならstubborn じゃダメなの?」と思わず叫びたくなりました。
読解問題:文章は読めるのに、答えが出ない
語彙問題で打ちのめされた私は、気を取り直して読解問題に進みました。「長文なら、文脈で理解できるはず」と思ったからです。
しかし、ここでも現実は厳しかった。
準1級の長文は、内容こそ難しくなるものの、使われている語彙は比較的標準的です。知らない単語があっても、前後の文脈から意味を推測できることが多い。
一方、1級の長文は根本から違いました。まず、テーマが重いのです。
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「人工知能が労働市場に与える影響」
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「新自由主義経済政策の功罪」
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「生命倫理における自己決定権の限界」
こんなテーマの文章が、学術論文のような文体で書かれています。しかも、一つ一つの単語が難しい。知らない単語が1段落に5個も6個も出てくると、もはや「文脈から推測」どころではありません。
私は1つの長文を読み終えるのに30分かかりました。本番では、3つの長文を合計40分程度で解かなければなりません。「これ、絶対に時間足りないだろ…」と絶句しました。
英作文の壁:「日本語でも答えられない」という絶望
語彙と読解で心が折れかけた私に、さらなる追い打ちをかけたのが英作文でした。
英検1級の英作文は、与えられたトピックについて、200〜240語で自分の意見を書くというものです。過去問のトピックを見てみました。
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「先進国は発展途上国への援助を増やすべきか」
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…うん、まあ、これは書けそうだ。
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「遺伝子組み換え食品の規制は強化すべきか」
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…ちょっと難しいけど、なんとか。
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「安楽死を合法化すべきか」
ここで私は気づきました。「これ、日本語でも書けないぞ」。
安楽死について、賛成・反対の理由を3つ挙げて、論理的に説明する。しかも200語以上で。私は32年間生きてきて、安楽死について真剣に考えたことがありませんでした。「なんとなく難しい問題だよね」程度の認識しかない。
英検1級が求めているのは、単なる「英語力」ではなかったのです。
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「社会問題について、自分の意見を持っているか」
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「その意見を、論理的に説明できるか」
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「賛成・反対、両方の視点から考えられるか」
これらすべてが問われている。そして私には、その「中身」がまるでなかったのです。
二次試験の恐怖:即興スピーチという地獄
一次試験だけでも絶望的なのに、二次試験のことを考えると、さらに暗い気持ちになりました。
英検1級の二次試験では、「2分間スピーチ」が課されます。5つのトピックが書かれたカードを渡され、1分間で1つを選んでスピーチの準備をし、2分間話し続けるのです。
過去に出題されたトピック例:
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「日本は死刑制度を廃止すべきか」
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「原子力発電は今後も推進すべきか」
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「日本は移民を積極的に受け入れるべきか」
準備時間1分。スピーチ2分。
ニュージーランドのパブナイトで鍛えた会話力は、ここでは全く役に立ちませんでした。パブで話していたのは、「週末何してた?」「このビール美味しいね」というレベル。死刑制度について即興で2分間話すなど、想像もできません。
しかも、スピーチの後には質疑応答があります。面接官が容赦なく突っ込んでくるのです。
「あなたは死刑廃止に賛成とおっしゃいましたが、被害者遺族の感情についてはどうお考えですか?」
こんな質問が英語で飛んでくるのです。「これは、英語の試験じゃない。教養の試験だ」。私はようやく、英検1級の本当の正体に気づきました。
TOEIC 925点が、いかに「狭い世界」だったか
この時、私のTOEICスコアは925点。リスニング満点。企業研修でTOEIC講師として教える立場にもなっていました。
しかし、英検1級の過去問を前にして、私は自分の英語力がいかに「偏っていたか」を思い知りました。
TOEICで問われるのは、ビジネスシーンでの実用的な英語力です。会議の予定を確認する、メールの内容を理解する、グラフを読み取る。これらは確かに大切なスキルですが、非常に限られた範囲での英語力でしかありません。
一方、英検1級は「知識人としての英語力」を問う試験でした。政治、経済、科学、文化、哲学、倫理。あらゆる分野について、深い知識と見識を持ち、それを英語で表現できるか。
TOEIC 925点は、この広大な世界のほんの入り口に立っただけだったのです。
「準1級から1級」は、「2級から準1級」の3倍辛い
英検の難易度は、級が一つ上がるごとに倍増すると言われます。私の体感では、こうでした。
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2級 → 準1級:「頑張れば届く」
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準1級 → 1級:「頑張っても届かない気がする」
数字で見ると分かりやすいです。
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2級:目安語彙数 約5,100語(合格率 約30%)
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準1級:目安語彙数 約7,500語(合格率 約15%)
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1級:目安語彙数 約15,000語(合格率 約10%)
準1級から1級で、必要語彙数が倍になっています。しかも、その15,000語の中には、普通に生活していたら一生出会わないような単語がゴロゴロ含まれているのです。
それでも挑戦を決めた理由
過去問を閉じた後、私は1時間ほど放心状態でした。「やめておくか」。そんな考えが頭をよぎりました。TOEIC 900点台をキープして、準1級で十分じゃないか。わざわざ地獄に飛び込む必要はない。
しかし、あの高校生の言葉が蘇りました。
「先生は英検何級持ってるんですか?」
「準1級だよ」
「え、私と同じ目標ですね!」
このまま逃げたら、一生あの言葉を引きずることになる。そう思いました。
それに、かつてオンラインゲームで12,000時間を費やした男です。「難しいから諦める」なんて選択肢は、あの頃の自分にはありませんでした。ラスボスが強ければ強いほど、攻略しがいがある。レベルが足りなければ、上げればいい。
「よし、やるか」
私は、『パス単』の1ページ目を開きました。2,400語の長い旅が、ここから始まったのです。
振り返って思うこと
英検1級の過去問を初めて解いた時の絶望感は、今でも鮮明に覚えています。
しかし、あの絶望があったからこそ、私は本気で勉強することができました。「なんとかなるだろう」という甘い考えを、1級は完全に打ち砕いてくれたのです。
準1級と1級の間には、グランドキャニオンのような深い溝があります。でも、どんな溝にも渡り方はある。遠回りでも、時間がかかっても、一歩ずつ進めば、いつかは向こう岸に辿り着ける。
そう信じて、私は2,400語の単語帳に向き合い始めました。結果的に、この戦いは1年半かかることになりますが、それはまた別の話。
【次回予告】
次回は、「語彙力強化作戦 – 1日50単語×300日の挑戦」をお届けします。
2,400語をどうやって覚えたのか。『パス単』の具体的な使い方、語源学習の効果、そして「忘却との戦い」について赤裸々にお話しします。
【今回のポイント】
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英検1級の語彙問題、初見では25問中3問しか分からなかった
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準1級と1級の必要語彙数は7,500語 vs 15,000語で「倍」
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1級の長文は学術論文レベル。文脈推測では太刀打ちできない
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英作文は「英語力」ではなく「教養」を問われる
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二次試験の即興スピーチは、日本語でも答えられないレベル
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TOEIC 925点は、英検1級の世界では「入り口」に過ぎなかった
【プロフィール】
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亀井勇樹(42歳)
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栃木県宇都宮市「アカデミック・ロード」英語塾講師
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保有資格:TOEIC L&R 990点、英検1級、通訳案内士(英語)

