TOEIC満点への道 Vol.21
満点取得後の変化 – 生徒からの信頼と責任
2017年9月、TOEIC 990点を達成した翌週のこと。
いつものように工業団地にある工場へ、企業出張TOEIC講座のために向かっていました。車の中で私は、妙にそわそわしていたことを覚えています。
「今日から俺、満点講師だぞ…」
口に出すと恥ずかしい。でも、心の中でそう呟いてしまう自分がいました。28歳で英語学習を始めた元ゲーム廃人が、ついに「TOEIC満点」という称号を手に入れた。感慨深いというより、どこか現実味がない。まるで夢の中にいるような感覚でした。
しかし、この日から私は、「満点講師」という立場がもたらす変化と責任を、身をもって思い知ることになるのです。
最初の授業:何も変わらない…はずだった
工場に到着し、いつもの会議室へ。受講者たちがパラパラと集まってきます。
この日の授業は上級者クラス(目標650点)。30代〜40代の社員が中心で、昇進のためにTOEICスコアを必要としている方々です。私がTOEIC講座を担当し始めてから、もう4年近くが経っていました。
「おはようございます!」
いつも通り、元気よく挨拶。受講者たちもいつも通りの反応。特に何も変わらない、と思っていました。
ところが、授業が始まって10分ほど経った頃、ある受講者の方が手を挙げました。
「先生、すみません。ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「先生って、TOEIC何点なんですか?」
いきなりの直球。内心、「来たな…」と身構えました。
実は、これまで私は自分のスコアを積極的には公開していませんでした。880点、925点、970点と伸びていく過程で、「まだ満点じゃないのに偉そうに教えていいのか」という後ろめたさがあったからです。
でも、今は違う。
「990点です。先月、取りました」
教室が、一瞬静まりました。
「本物だ」という空気の変化
「え…満点?」
「マジですか、先生?」
「すげぇ…」
ざわざわと、教室の空気が変わったのを感じました。今まで何度もTOEIC講座を担当してきましたが、この瞬間の空気は初めての経験でした。受講者たちの目つきが、明らかに変わったのです。
これまでは、どこかで「この先生、本当に英語できるのかな?」という疑いの目があったのだと思います。特に上級者クラスには、大学受験でガッツリ英語を勉強してきた方も多く、「若い講師に何が分かるんだ」という無言のプレッシャーを感じることもありました。
それが、「990点」という数字を聞いた瞬間、消えたのです。
「先生、どうやって満点取ったんですか?」
「何年くらい勉強したんですか?」
「どんな教材使いました?」
授業そっちのけで質問攻めに遭いました。正直、ちょっと嬉しかったです。
「満点」という数字の威力
改めて思いました。「990」という数字には、説明を超えた説得力がある、と。
考えてみれば当然です。TOEICを受けたことがある人なら、990点を取ることがどれほど難しいか、肌で分かっています。「運が良ければ取れる」スコアではありません。
私自身、880点から990点まで3年半かかりました。その間、約3000時間を費やし、1万問以上の問題を解きました。韓国版の問題集まで買い漁り、韓国語の解説が読めないまま正答だけを確認する、という荒業まで使いました。
その全てが、「990」という3桁の数字に凝縮されている。だからこそ、受講者の反応が変わったのだと思います。
初級者クラスでの意外な反応
上級者クラスでの反応は予想通りでしたが、意外だったのは初級者クラス(目標470点)での反応です。
このクラスには、中学1年生レベルの英語も怪しい方が少なくありません。be動詞と一般動詞の区別がつかない、三人称単数現在の-sが理解できない、といった方々です。
「先生、満点取ったらしいですね」
噂は、あっという間に広まっていました。
「すごいですね…。でも先生、僕らみたいな初心者に教えるの、退屈じゃないですか?」
そう言われて、私は少し考えました。確かに、満点を取るような人が、be動詞の使い方を教えるのは「レベルが合わない」と思われるかもしれません。しかし、私にはこう答える資格がありました。
「いや、全然退屈じゃないですよ。だって、私も29歳まで三人称単数現在の意味が分からなかったんですから」
教室がざわつきました。
「え、先生もそうだったんですか?」
「本当ですよ。ニュージーランドに行く前、文法なんて壊滅的でした。”he plays”のsがなんで付くのか、誰かに聞いたことすらなかった」
初級者クラスの受講者たちの顔が、パッと明るくなったのを覚えています。「満点講師」という肩書きは、遠い存在に感じさせてしまうこともある。でも、「自分も最初は全然できなかった」という話をすることで、距離がグッと縮まる。これは、大きな発見でした。
「満点講師」のプレッシャー
一方で、「満点講師」という立場は、新たなプレッシャーをもたらしました。
ある日の授業で、受講者からこんな質問を受けました。
「先生、この選択肢のAとBって、どっちでも意味が通じる気がするんですけど、どう違うんですか?」
受講者が個人的に学習で使用していたPart 5の文法問題でした。初見の問題ではあるが正解は分かっている。ただ、解説はなんだか微妙な書き方しかしていない。「なぜBではダメなのか」を論理的に説明しようとすると、言葉に詰まってしまいました。
以前なら、「ちょっと調べてきます」と言って済ませていました。しかし、今は違う。「満点講師」が「分かりません」とは言いづらい。
焦りました。頭の中で必死に理由を探しながら、なんとか説明をひねり出しました。
「えーと、Aは動詞との相性で、Bだと後ろに続く目的語のニュアンスが…」
我ながら、しどろもどろだったと思います。
「知っている」と「説明できる」の壁、再び
これは、講師1年目の頃に痛感した課題と同じでした。「知っている」ことと「説明できる」ことは、全く別のスキルである。
990点を取っても、この壁は消えなかったのです。むしろ、「満点講師」というハードルが上がったことで、その壁がより高く感じられるようになりました。
授業後、私は帰りの車の中で考えました。
「満点を取ったからといって、英語の全てを知っているわけじゃない」
「でも、受講者は『満点講師なら何でも知っている』と期待している」
このギャップを埋めるには、どうすればいいのか。答えは一つしかありませんでした。もっと勉強するしかない、と。
「満点の先」を見据えて
満点を取って初めて気づいたことがあります。
TOEICで990点を取っても、「英語ができる」の証明としては不十分だということです。
TOEICはリスニングとリーディングだけの試験。スピーキングもライティングも測定されません。つまり、「990点を持っています」と言っても、「じゃあ、英語で議論できますか?」「英語でレポート書けますか?」と聞かれたら、TOEICでは答えられないのです。
さらに言えば、TOEICはビジネス英語に特化した試験です。学術的な英語や、時事問題に関する高度な語彙は、あまり出題されません。
企業研修の受講者たちは、私のことを「英語の達人」のように見るようになりました。しかし、私自身は知っていました。自分の英語力には、まだまだ穴がある、と。
新たな目標の必要性:奇妙な喪失感
990点を取った直後、私は奇妙な喪失感に襲われました。
「…で、これからどうすればいいんだ?」
3年半、ずっとTOEIC満点を目指して走り続けてきました。毎日2時間以上の勉強、韓国版問題集の購入、模試の繰り返し。全ては「990」という数字のためでした。
それが達成された今、目標がなくなってしまった。オンラインゲームで言えば、ラスボスを倒してエンディングを迎えた後のような感覚です。「クリアしちゃったけど、なんか物足りない…」。
人間には、追いかける目標が必要なんだと、改めて思い知りました。
「英語資格三冠」という到達点
ここで、私の英語資格の取得時期を整理しておきます。
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2012年2月:英検準1級合格
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2015年2月:通訳案内士合格
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2015年7月:英検1級合格
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2017年9月:TOEIC 990点達成
TOEIC 990点、英検1級、通訳案内士。
いわゆる「英語資格三冠」を達成したことになります。実は、英検1級と通訳案内士は、TOEIC満点より先に取得していました。時系列としては、準1級→通訳案内士→英検1級→TOEIC990点、という順序です。
次回からは、時間を少し遡って、なぜ英検1級を目指したのか、そしてどのように合格したのかをお話しします。TOEIC満点だけでは足りなかった理由、そして「4技能の英語力」を証明する必要性についてです。
振り返って思うこと
TOEIC 990点を取って、何が変わったか。
正直に言うと、英語力そのものは、980点の時とほとんど変わっていません。たった10点の差で、急に英語が上手くなるわけがありません。
しかし、「満点講師」という肩書きは、間違いなく指導の説得力を高めてくれました。受講者の目つきが変わり、質問の質も変わりました。「この先生の言うことなら信じられる」という信頼を、数字が作ってくれたのです。
同時に、「満点講師」という立場は、新たな責任も生みました。「知らない」とは言いづらくなり、より深い知識を求められるようになりました。
でも、それでいいのだと思います。プレッシャーがあるからこそ、勉強を続けられる。目標があるからこそ、成長できる。
かつてオンラインゲームに12000時間を費やした廃人は、今、英語学習という終わりのないゲームを続けています。そして、このゲームには「エンディング」がない。だからこそ、面白いのかもしれません。
【次回予告】
次回は、「なぜ英検1級なのか – TOEIC満点だけでは足りない理由」をお届けします。
時間を少し遡り、2014年〜2015年の挑戦をお話しします。TOEIC900点を超えた頃、なぜ私は英検1級という別の山に挑むことを決めたのか。「4技能の総合力」を証明する必要性と、アカデミックな英語力への憧れについてお伝えします。
【今回のポイント】
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「990」という数字には、説明を超えた説得力がある
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受講者の目つきが変わり、質問の質も変わった
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「満点講師」という立場は、新たなプレッシャーも生む
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「知っている」と「説明できる」の壁は、満点を取っても消えない
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目標を達成した後の「喪失感」は、新たな目標で埋めるしかない
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TOEIC満点だけでは「英語ができる」の証明としては不十分
【プロフィール】
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亀井勇樹(42歳)
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栃木県宇都宮市「アカデミック・ロード」英語塾講師
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保有資格:TOEIC L&R 990点、英検1級、通訳案内士(英語)

