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AR史③新聞屋事件~引越し

ARのつかはらあやこです。連載も3回目になりました。このころは初めて2年目くらいの時です。

次回は当時の写真を載せる予定です。今日はないのでお気にいりのARロゴ。



・新聞屋事件
ARははじめ小山駅東口ロータリーの某ビル4階にありました。そのうち4階に新聞の勧誘の会社が入ってきました。気が荒い人が多く隣の部屋の怒鳴り声が聞こえ、その当時女子高生が多かったこともあり生徒が怯えるようになりました。
当時20代だった私は勇気を振り絞ってその社長のところへ直談判しに行ったのです。今考えれば不動産会社に相談すればいいだけのことなのですが、当時そういった知識がなかった私は自分で乗り込んでいきました。

新聞屋の社長と話をしていたときに、当時は私が若くて嘗められていたのでしょう、気の荒い社長が投げつけたペットボトルが私に当たりました。そこでそこの社長と言い争いになり社長が『だったらお宅このビルからでていったらどうなんだ!』と言ってきました。売り言葉に買い言葉で私は『だったらそれ相応のお金を出してくれれば喜んで出ていきます』と言ってしまったのです。私はまた罵声が飛んでくるのかと思いましたが、『そんな金出してやるよ。いくら欲しいんだ』と社長が行ってきたのです。

『●●万!』と金額を提示し、後日ドキドキしながら取りに行きました。もちろん何かあったらまずいとビルの近くに友人を待たせておいて、30分経って来なかったら乗り込んでくるように頼んでおいたのですが、あっけなくお金をもらい10分もたたないうちに友人と合流しました。合流後足ががたがた震えてきたことは言うまでもありません。

引っ越し(2003)
新聞屋事件のあと、間もなく近くのビルに引越しすることにしました(隣のビル笑)。そのビルは下にオーナーが経営する居酒屋があり、仕事の後は毎日お世話になりました。しかし、このビルは古いビルで隙間風や騒音が酷くバックミュージックをかけたり、窓に発砲スチロールを入れてその上からべニアを打ち付けたりいろいろ大工仕事をしながら過ごしましたが、西口に理想的な物件を見つけてまた引越しすることにしました。ここにいたのは1年8か月だけでした。この時通ってくれていた生徒は『エンヤを聞くとARを思い出します!』と言ってくれますが、実はこのような理由からでした。